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2019-04-28-Sun-02:02

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まるでオリンピックのような頻度で更新される当ブログだが、実は未だに死んでいない。
私はこのブログがネットの隅の隅で埃を被り誰も目もくれなくなる日を待っていたのだ。
というのは半分くらい本当である。

発表への欲求はあるものの、他者が恐ろしい。
それは東京という街で私が長年一人暮らしをしている理由と似ているかもしれない。
他者との同一については諦めているが、人の気配は感じていたい。
捨てきれない人の精神を埋めるために、こうして誰も居ない場所で何かを発表する。
まあ、そういった侘しい創作物だと思って、興味がある方は以下へどうぞ。



発表は常に相対的なものなのか、という自問は長年続けているがその答えは未だはっきりと見えない。
基本的に発表とは相対的だと考える。発表者の同一への欲望は他者へ向けられるからである。同一への欲望が無ければ、創作物は内側、すなわち自己のみに向けたものになる。創作意欲はそれを総括する言葉かもしれないが、創作欲と承認欲はまた別のものかもしれない。先述の通り内面にのみ向けられて作られる創作物も多々あるためである。

私も長年自らのためだけに創作を続けてきたが、人の持つ同一への欲求も捨てきれないのは事実である。
なんだか皮肉めいた言い方になってしまったが、それは幾度の苦い経験からくるものなのでお察しください。(読みたいと言ったので渡したが読まずに捨てられてしまう等々)
では私は一体何を創作していたのかというと、小説や日記を創作してきた。
説明するまでもなくそれは言語を扱うものである。

さて、言語とは一体何だろうか。
言語は人の持つ同一への欲求、交換への理解が具現化したものだろう。
動物はりんごを見てりんごだと感じられるかもしれないが、「果物」だとは認識出来ない。元々別だったものを同じものに変換、交換することへの理解は人の持つ知性の特性とも言える。これは記号の発明とも結びつき、つまり絵もまたそういった自意識から生まれたものだと私は考える。
言語は他者と同じ意識を獲得するために発明され、長年そうして愛され続けている。
昨今でも新しい言葉が次々に生まれ、より他者と自らを同じものへ近づける為に人は努力を惜しまない。

人は何故他者と同じになりたかったのか、という問いについても考えているが、答えはやはり未だ見えない。
とはいえそれは人という生物の特性、働き、のようなものだと今の私は捉えている。
当然私の意識もそれに抗えないわけである。

ここでまた不思議な自意識の働きが挙げられる。
人は違いや無秩序についても欲す傾向がある、というものである。
芸術の起源は記号や文字に近いものであったかもしれないが、現代には違いへの探求の為に芸術を志す人もある。
そうして作られた新しい、人にとっての無秩序についても、人は理解しようとする。
ここがまた分からない。私も無秩序は大変好きだが、それは違うものを同じものへ変換しようとしているのか、或いは純粋な無秩序への欲求なのか、自らの意識だけでは判別が難しいのである。
自然科学はもう少しわかりやすい。科学は無秩序である自然世界を観測し、人にとっての同一へ変換するまでのプロセスである。
違うものを同じものへ変換するのが自然科学なら、芸術は違い、無秩序の創造を目的にも出来るといった具合だろうか。
芸術は一体何のために行われるのか、これは一生のテーマになりそうだと感じる次第だ。

発表を前提としている創作物はすべて同一への欲求からくるものであり、所謂「エンターテイメント」の部類に入るものになることが多い。そうでないと反論もあるかもしれないが、確かにそのすべてが徹底的にエンタメだとは私も思わない。発表には様々な経過で世に送り出されるものもあり、例えば製作時は日記のつもりで書いていたものが他者の手を経て発表へと会い慣れば、それはまたエンタメとは異なるものであろう。
重要なのはアウトプットした瞬間の自意識がどんな状態であったのか、という点である。
無秩序の創造には特にこれが影響する。人は放っておけばどちらに傾くのか。これまで観察した限りでは基本的には同一へ傾いていくと私は考える。無知はエゴイズムを産むとどこかの先生が仰られていたが、確かにそうかもしれないと思う。
目的が同一であれば、行き先は見えやすい。
エンタメはそのための学問でもあり、長年に渡って先輩方が積み重ねた知見が存在する。それらに倣えばよいのである。
私は元々アニメーターという仕事をしていたが、これがうまく出来なかった。
何が良くて何が悪いのか、結局最期まで良く分からないまま、辞めてしまった。
また、徹底的な同一化への高い意識は数多の違いを排除することにも繋がり、そうした性質から生まれる凄惨さにうんざりしてしまったというのある。
「みんなはダメだダメだと言うけれど、私は好き」、という感覚はエンタメの世界では落第なのである。


いつかつづく。
2017-05-10-Wed-22:00

【 小説の書き出し 】





 またろくでもない事が始まった。
 窓の外の喧騒を聞きながら、私は今日もそんな事を思う。昨日も、その前も、一か月前もずっとずっと、私をめぐる世界はどうかしている。
 私には人には話せないある秘密があった。それは「妖怪が見える」というものだった。
 隠しているのは心苦しいのだが、頭がおかしい奴だと思われたくなくて初めに言いそびれた結果、今になっても両親にすらそれを打ち明けられずにいる。
 私が住むアパートのすぐ傍の通りでは、人間程の大きさもある猫が二足歩行で歩き回る。出会い頭で何らかのトラブルが起こってしまったのか、二匹の猫は取っ組み合いの喧嘩をしている。猫の喧嘩というよりは人間の喧嘩に近い。腕を使って取っ組み合ったり、ボクシングのように殴り合ったりしている。にゃあにゃあと大きな叫び声を上げながら。たいへん五月蠅い。
 春になってからというものの、彼等が出現する機会はぐんぐん増え始めて、今では人間と変わらないくらい見掛ける。もしかしたら人間よりも多いかもしれない。
 妖怪といっても、私がそう呼んでいるだけで実際に妖怪なのか何なのかは全く定かでは無い。「妖怪」は、私が就職により田舎から東京へ越してきた頃から私の前に姿を現し始めた。一年前であるから、私が二十歳になってすぐの頃だ。
 初めてそれを目撃した時の事はよく覚えている。東京へ向かう夜行バスの車中、私はカーテンの隙間から高速道路をぼんやり眺めていた。これから始まる新生活に対する不安からか、それとも夜行バスの座席が余りにも睡眠に適さなかったのか、私は上手く眠れなかった。眠れなかったので、座席の上で丸くなってカーテンの隙間から高速道路を眺める事しか出来なかった。夜の高速道路は同じような形をした車が前へ出たり後ろへ戻ったりするだけで、なんとも退屈な景色だった。
 しかしぼんやりとした頭が一気に弾け飛ぶような事件が起こる。
 それはいつの間にか目の前に居て、気付いた私は目を疑った。
 隣を走るワゴン車の車内。運転をしている人間も、助手席に座る人間も、後部座席に座る人間も。いや、訂正したい。とにかく隣のワゴン車の中に乗っていたのは、人間では無かった。真っ白な体躯に赤い目をしていて、大きな白い耳はワゴン車の天井で突っかかって曲がっている。服を着て、運転をしていて、シートベルトを装着して座席に座っている部分を除けば、それはどうみてもウサギだった。そのワゴン車はすぐに私の横を通り過ぎて行ってしまい、再度確認する機会は無かった。その時は夢でも見ているか、被り物でも着けた集団なのだろうと自分を納得させる事にした。
 しかし東京へ到着し、早朝の新宿駅へ降り立った私はまた驚かされた。
 駅へ向かうサラリーマン、地べたに座り込む若者、謎の台車を引いて歩くホームレスのおじさん。そんな東京の景色に紛れ込み何十人かに一人、当たり前の顔をして歩くウサギ人間が混じっていた。
 新生活が始まってからも尚、そういった現象は続く。何であれば私のアパートから一番近いコンビニで働いている店員さんの一人は、ネコ人間である。何故ウサギだったりネコだったりするのかは、今のところ全く解明できていない。ネコ人間の店員さんは、ネコの姿をしているところ以外は真面目に働く若者にしか見えなかった。若者と判断した理由は、着ている服のセンスからなので厳密には定かでは無い。彼はだぼついたジーンズを良く履いていた。
 とにかくそんな事が私の周りでは続き、私はいよいよ頭がおかしくなってしまったのだと思った。すぐに精神科の先生に診てもらったが、非情な事に先生は「何の問題も無いから働け」と言うのだった。実際に先生がそのように言った訳では無い。その時の先生の長い話を要約するとこうなるという事である。不思議な事に、病院を変えて幾度となく診察して貰った結果、どこでも「何の問題も無いから働け」と先生は言うのだった。問題だらけだと思うのだけれど、先生がそう言うのだから仕方無かった。
 春になると私は内定が決まっていた会社で新入社員として働き始める。
 驚くべき事にウサギ人間とネコ人間は、私が就職した社員の中にも存在していた。間接的な上司の一人にウサギ人間が居た。普段はあまり顔を合わせないが、一ヶ月に一回程、連絡の伝達等で顔を合わせる事もあった。
 近くから見るとそれはそれは不気味なものだった。ウサギ人間の上司は、私が声を掛けると人間の様に返事をしこちらを振り向く。鼻がぴくぴくと動いていて私の匂いを嗅いでいるみたいに見えた。これはいかにもウサギのような仕草で、こんなに大きなウサギに戦いを挑まれたら、私はきっと勝てないなどと意味の分からない事を考えたりした。連絡事項を伝えるとウサギ上司は、「はいよ」とつまらなそうに返事をし再び机に向かう。机に向かってからも、鼻はぴくぴくと動いていて生々しかった。
 しかし不思議な事にこれに気付いているのは私だけのようで、周りの人間は全く何の反応も示さず、ウサギ上司に対して普通の人間の様に接しているのである。やはりもう一度病院で診て貰おうかと悩むが、また「何の問題も無いから働け」と言われたら心が痛みそうだ。それに診察料が無駄になってしまう。彼等から申し訳程度に処方された謎の薬は、効果が見られなかった為に結局あまり飲んでいない。
2017-05-10-Wed-21:59

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 皆様ごきげんよう。がるあんでございます。
 コミティア120につきましては、「練馬」「タイタンの彼女」をお買い上げ頂いたお客様、並びに情報の共有にご助力して下さった皆様方、誠にありがとうございました。
 私が今回作ったものは小説ですので、すぐに皆様の反響は頂けない事に若干もやもやとするところもございます。しかしそもそも私は自分の小説が読まれる事に対してびくびく怯えていた筈なので、それはそれで良かったと思うこの頃です。感想を聞くのが怖いので、あらゆる通信機器を置いたまましばらく旅に出ようと思います。
 さて、「練馬」及びに「タイタンの彼女」ですが、ネット販売が始まるようであります。
 ヨツベさんから詳細の連絡が来次第、追って連絡させて頂きます。
 早ければ明日辺りにはこちらでも告知出来るかと思われます。

2017-04-17-Mon-00:23

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 皆様、ご機嫌麗しゅうございます。がるあんです。
 こちらの更新がまた滞ってしまった事を、まず謝罪させて頂きます。申し訳ございません。しかしこの死にかけのブログをしつこく読んでくれる数少ない奇特な皆さまの事ですから、きっと許していただけるものだと信じております。
 そんなわたくしですが、来月五月六日のコミティアにて、ヨツベさんと久しぶりに同人誌を作り売る事になりました。
 これまでは漫画という形式のものを売る事が多かったですが、今回は小説でございます。それに内容は私が一人で書いたものでございます。
 タイトルは「練馬」となっております。内容に関しては、サンプルがございますのでHPを参照ください。まず、こちらの情報を張り付けておきます。
 nerima

『練馬』
小説 / 文庫 140ページ /フルカラーカバー表紙
COMITIA120 / 2017/05/06 [ P38b ]SPONGE LABO
¥500

がるあん / 著

ヨツベ / 装丁画・編集
えんどう / デザイン

更なる詳細は下に張り付けたホームページをご覧ください。序盤だけですが、サンプルもございます。
http://www.spongelabo.com/test

 


 さて、余談な上に全く関係ない話をしようと思います。
 本日私は朝から非常にブルーでございました。何故ブルーだったのかというと、ヨツベさんから本の発売に伴う告知についての連絡が来ていたからでした。
 というのもわたくし、こういった告知が非常に苦手なのです。自分のアピールが下手な上に下手でして、きっと私がやったところで上手くいかないと考えブルーになっていたのです。今回もプロモーションに関してはそのほとんどをヨツベさんに委任させて貰っています。何とも恥ずかしい話です。
 何故皆さんはあれほど自分のアピールが上手いのか。これは長年の疑問であります。私が自分を良く見せようと最大限努力すると、何だかぎこちなくて気持ちの悪い感じになるのです。大っぴらにアピールするのは恥ずかしいから少しだけ斜に構えた結果、誰の目にも止まらない意味不明の文章が出来上がり、結論として仮に目に留まったところで結局何が言いたいのかは分かって貰えないという、すべてにおいて最高に最低なものになるわけです。
 自分のアピールが上手い方はアピールをするに当たり、正直に自分を表現しているように見えます。アピールがしたいわけですから本来であれば素直にアピールするに限るわけです。しかしそれは中々難しいものです。私は好きな女の子についついいじわるしてしまう小学生男子とさほど変わらないと思えます。
 随分昔の時点でアピールをする才能が無い事を私は自覚しております。ですので出来れば極力最大限、アピールしなければならないような事態を避けて生きてきたのです。
 とはいえ生きていれば、避けられない事態も当然ございます。
 今回私はヨツベさんの企画で、私が書いた小説を本にさせて貰いました。その上ほとんどのプロモーションをヨツベさんに任せているのです。ヨツベさんがせっせとプロモーションをしてくれている間、私は自室であぐらをかいてポリンキーをばりばりと食べながらテレビを見る、という訳にはいかないのです。
 ですのでせめて、このブログでは私が告知をしなければならないと覚悟いたしました。ここを長年に渡って訪れてくれている皆様には、私の口から伝えなければなりません。
 そして、現在に至ります。全く関係ない話で埋め尽くしてしまい、やはり私はアピールの才能が無いと再確認致しました。
 しかし、私は私なのです。こういった意味の無い文章も含めて自分自身のプロモーションなのだと、手前勝手ながら皆様にはそんな感じに納得して頂きたく思っております。
 そんな私が書いた本の方も、良ければ是非手に取って頂けると大変うれしく思います。
 よろしくお願い致します。
 
 
2017-02-14-Tue-16:38

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 皆さんは「それでも町は廻っている」という作品をご存じでしょうか。僕が敬愛する石黒正数先生の漫画なのですが、今日最終巻が発売され完結致しました。僕はもう読み終わったのですが、結論から申し上げると、とても良い一冊でした。バイト先の本屋に朝一で行き、予約注文した最終巻を買いました。注文伝票は昨日のバイト中に自分で書いておいたのでぬかりはありません。
 見知った同僚から本を受け取ってお店を後にしたとき、僕は気分が落ち着かず、手は汗ばんで、どうやら緊張をしているようでした。他の作品ならともかく、僕にとって「それ町」はそれだけ大きな意味を持つ作品なのです。
 僕がそれ町に出会ったのはまだアニメーターをしていた頃、二十代前半の頃だったと思います。二十二歳頃だったかな。記憶が曖昧ですみません。僕はその頃、正直に言って仕事があまりうまくいっていませんでした。フリーアニメーターとして自宅作業だけで食べていくのは非常に大変で、仕事は毎回神経を使う上に沢山こなさねばならず、自分の器以上の仕事をギリギリこなしている状態でした。
 つまり何が言いたいのかというと、はっきり言ってしまえばあまり楽しくなかったのです。
 人間、楽しくなければ辛いものです。日々に忙殺され、常に締め切りに追われる毎日は辛くありました。アニメーターという仕事が楽しくないと言っている訳では無いことを注釈しておきます。とても遣り甲斐のある仕事ですが、その頃の僕はうまくいっていなかったというだけです。
 そんな頃、同居人からそれ町を借りて読みました。内容は何てことない話ばかり。とある町のとある女子高生とその周りの仲間たちが、日々のちょっとした出来事を巡って右往左往する漫画でした。
 心に突き刺さるような大きなドラマがあるわけでもないのに、僕はその作品がとても好きになりました。楽しそうに悲しんだり怒ったり笑ったりする彼らが、何だか羨ましくもあり、まるで一緒になって遊んでいるようでもあり、他人とは思えない何かを作品に感じたのです。
 辛いときに読めば不思議と、何だか頑張れそうな気がしてくるものでした。
 それからは、毎巻、発売の度に欠かさず読みました。五年以上もの間、常に僕の傍らにはそれ町という作品がありました。
 そんな作品が今日、終わってしまったのです。緊張するのも無理はありません。自分で予約しておいて変な話ですが、同僚がバックヤードから僕の注文伝票とそれ町の最終巻を持ってきたとき、「本当に終わるんだ」と初めて実感したのです。
 本屋を後にしてから、僕はすぐ近くの喫茶店に向かいました。いつも利用するドトールコーヒーです。何だか、家で読むのは違うような気がしたのです。理由など自分でもわかりません。お昼前だったので、お店は少しだけ混んでいました。いつも通りカプチーノのМサイズを頼み、喫煙席に座りました。
 一度静かに深呼吸をして、本を開きました。
 内容について、語りたいことはたくさんあるのですが、新発売の漫画ですので、内容に関する話は避けさせて戴きます。
 何はともあれ、読み始めるとあっという間に終わってしまいました。終わりに向かっていく作品に、面白いとか、悲しいとか、いろんな感情が渦巻きます。二十代の僕の人生が、作品と共に一緒になって走馬燈のように蘇ってきて、お恥ずかしい限りですが、人目もあるというのに少しだけ泣きました。
 唐突に暗くて驚かれるかもしれませんが、僕が生き続ける数少ない理由の一つが、それ町でした。数か月前、本屋での仕事で新発売のヤングキングアワーズを手に取った僕は愕然としました。表紙にはそれ町が今回の号で終わることが記載されていたのです。雑誌掲載よりも遅れて発売するコミックで読み続けていた僕にとって、それはあまりにも唐突でショックでした。これで僕が生きている理由も無くなってしまうと、本気で考えたのです。
 読み終わった最終巻を閉じて机に置き、自分の単純さとアホさに呆れて少し笑いました。
 その時僕は、「これからも生きていかなくてはならない気がする。」などと考えていたのです。
 内容に触れられないので説明は難しいですが、それほどに最終巻は僕の心に刺さったようでした。僕が単純でアホだから響いたのではなく、作品が良いから響いたのかもしれません。
 それから、煙草を吸いながら僕は自分の二十代を振り返りました。そして、これからは僕の傍らにはこの作品が無いという事も考えました。
 そんな事を考えていると、きっと今日という日は特別なのだと思えたのです。
 これからは二十代を共に歩んでくれた「それ町」という作品はありません。しかしそれ以上に最終巻を読み、色々な事を考えた今日という特別な日は、いつかきっと財産になる日が来ると、そんな予感が今の僕にはあったのでした。
 自分自身が腑に落ちたので帰ることにしました。
 ドトールコーヒーを後にし空を見上げると、特別な日はとても高く青く感じる快晴なのでした。
 いつまでなのかは分かりませんが、もうしばらくは自宅の枕元に「それ町」が積んである生活が続く事でしょう。
 
 今まで、本当にありがとうございました。
 石黒正数先生、お疲れさまでした。
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