2016-10-29-Sat-20:11

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 「誰にも言わないでね」という言葉をあなたは誰かに言われたことがあるだろうか。
 私はある。それも何度も。秘密を打ち明ける時は、人は大抵この言葉を口にする。最近ふと思ったのだけれど、改めて考えればこの言葉の身勝手さは目に余るように思う。一見して、「あなたの事を信用しているから秘密を教える」という意味のように見えがちだけれど、場合によっては全く異なる。
 秘密を抱えるというのは辛い事だ。何もしていなくても常に嘘を吐き続けなければいけない罪悪感と戦わなくてはならない。たった一人だけでも秘密を共有出来る相手がいれば、溢れ出しそうな気持ちは誰かの心に逃げる事ができる。私は今まで、それはきっと良い事だと思っていた。誰かを信用できる事は、人間の美しい性質だ。
 次に、「誰にも言わないでね」と言われた側の気持ちの事を考えてみる。誰かを信用し思いやる気持ちは大事だ。しかしこの言葉を言う人間は本当の意味で思いやりがあったのだろうか。言われた側は、どこにも逃げ場が無い。秘密を抱え込む辛さを知っていて尚、信用しているから、という理由でその責務を身勝手に課している。自分一人で秘密を抱えるのが辛いから、あなたも一緒に苦しんで、という意味に他ならない。言われた側は「誰にも言ってはいけない」というルールを一生守り通さなければならない。これはきっと、非常に辛い。私自身経験があるから分かる。
 では、秘密とは一人で抱えるべきものなのだろうか。溢れて嘔吐しそうな気持ちを毎日ギリギリのところで飲み込んで生きていくのが人として全うなのだろうか。それが出来る人ならば、もちろん人として全うだろう。しかし私に対してこの言葉を口にしてしまった人達の事を、私は心の底から許せないほど責めているのだろうか。それは無い。どうしても我慢できなくてつい口から出てしまう事もあるだろうと思う。人としての道を外れるほどでもない。
 それからしばらく考えみたが、この話には結局結論が出なかった。しかし、人は本質的に優しくて思いやりがあると、それでも私は信じていたいです。
2016-10-20-Thu-18:38

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 今、私の目の前には二人の男女が歩いている。若い二人だが、見たところ恋人同士というわけではなさそうだ。
 夜の0時、練馬の駅前には自宅に帰りたくないと駄々をこねているサラリーマンで溢れていた。まだまだ賑やかだ。
 「俺、まな板持ってないのさ」
 「うん」
 前を歩く二人の会話に耳を傾ける。
 「まな板、要らないんだよね」
 「うん」
 何なのだろうこの会話は。それに二人共全く楽しそうに話さない。更に興味をそそられたのでしっかりと聞き耳を立てる。
 「まな板って、使わないよね」
 「使うよ」
 「そうかな」
 「うん。使う」
 夜の0時、どこに行くでもなくふらついている様子の男女の会話にしては、情緒があるなあと感じる。
 それから二人はしばらく黙っていたが、少しして男はぽつりとつぶやく。
 「納豆」
 この男は話下手なのだろうか。脈絡の無さに横にいる女と同じように僕は驚いた。
 「え?」
 「納豆に葱、入れる?」
 「入れない」
 「そっか。小葱、入れるとおいしいよ」
 「そうなんだ」
 あまりにも盛り上がりに欠ける会話だった。何故か面白くなってきてしまい、マスクの下で一人笑ってしまう。
 「小葱をね」
 「ん?」
 「小葱」
 「ああ、うん」
 「刻む時」
 「うん」
 「小葱を刻む時だけ、まな板が欲しい」
 話がまな板に繋がった。この男は全く関係のない話をしていたわけではないようだ。話下手なのは変わりないが。
 「そうなんだ」
 「でもね」
 「うん」
 「スーパーに、既に刻んであるタイプの小葱、売ってるじゃない」
 「あるね」
 「普段はあれを買うから、大丈夫だけどね」
 この時の私の気持ちを言葉で表現するのは難しい。横にいる女がこの時どう思ったのかは分からないが、似たような気持ちなのではないだろうか。全く関係は無いように思うし因果があるかどうかも良く分からないが、今日は帰ったら、早めに寝ようと思った。
 二人とは繁華街の通りを抜けたところで別れる。
 二度と会う事も無いだろう。
2016-10-16-Sun-07:28

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 今日は本屋の仕事で日頃思う事を書きます。

 お店によっての違いは大きいと思いますので、これは私が勤める本屋の話です。
 勤務時間中のスケジュールは、その日毎に決められています。例えば五時間の勤務の内、初めの一時間はレジ担当、次の一時間半は翌日準備とメンテナンス、その後はレジに戻る、というような感じです。レジの業務は一般的なレジ業務とほとんど変わらないものです。本屋のレジにはブックカバーを着けるという特殊な仕事もありますが、これも特筆するほどのものでもありません。
 驚いたのは、翌日準備やメンテナンスといった、レジに立たない業務についてでした。私は本屋でのアルバイトを始めてまだ一ヶ月半程しか経っていません。新米です。しかしこれは書店業界全般に言える特徴なのかどうか分かりませんが、驚くべきことにこの時間、私は完全に自由になります。言い方を悪くすると、これこれをやっておいてと、一時間半も放り投げられるのです。そして、その一時間半で私がした仕事に関しても、特別なチェックはありません。普通は新米に任せっぱなしでは心配だと思うのですが、不思議です。
 それでも翌日準備などはほとんどやることが決まっているので、任せても大丈夫だと思われているのかもしれません。仕事が早く終わってしまうと、残りの時間はメンテナンス当で時間を潰します。このメンテナンスの時間は、完全に自由になります。自分が思うように棚を整理したり、棚下にあるストッカー(引き出しのような収納)の中を整理したりします。恐らくこの時間に関しては、性格が如実に出るように思います。ストッカーの中に眠ってしまっている書籍を棚へ救出したり、ストッカーの中が一杯だと明日以降困る事が多いので返品をしたり、仕事になれば何でも良いのです。
 私は本を簡単に返品する感覚が馴染めなくて、この時間は大抵ストッカーに眠る本を救出する作戦を敢行します。
 そしてこれも驚くべき事なのですが、店長も含める書店の店員全員の中に、棚に差さっている本について完全に理解している人間が一人も居ないのです。つまりまかり間違ってストッカーに放り投げられたまま、ほとんど棚に出ること無くやがて返品されてしまう本が少なからずあるように思うのです。そして棚の事を完全に理解している店員が居ない以上、一冊二冊、私情で棚に差した所ではバレる事もありません。バレたところで売り物を棚に出しているだけなので、何という訳ではありませんが。
 空いている時間は、控え室で眠る彼らにステージを用意する事で、少しだけいい気分になれるのです。しかしこれについて、私ごときではおよそたった一日か半日ほどしか彼らにステージを用意してやることはできません。誰の悪意でも善意でもなく、明日のシフトの同僚や上司の方達が、大抵の場合片付けてしまうのです。私の出した本がバレたからではありません。次に片付けられるギリギリの位置にしか、戻すことができないのです。恐らく片付ける店員は、ほとんど何も見ずに抜いていきます。一々一冊づつ精査できない程に、書店には本が毎日沢山本が届くのです。
 しかし、先日こんな事がありました。私がストッカーの中から救出した一冊の漫画について、翌日も、その翌日も片付けられることなく棚に差さったままになっていたのです。そして既に一週間以上経って、それでもまだその本は棚に収まったままでした。同僚と上司に見つからずに今までやり過ごせているのか、それとも私の行動が誰かに何かを訴えかけたのか、それは分かっていません。同僚とこういった話をした事はまだありませんが、棚の内容を通じてコミュニケーションを図っているようで、面白く感じました。本屋の仕事はこのような謎が多いのです。
 直接本人には言えない事を、棚の内容を通じて伝える、といった事も書店の店員同士であれば可能かもしれませんね。
2016-10-07-Fri-12:47

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 私が普段から良く通うミスタードーナッツ練馬駅前店で起きた、ある事件についてのお話です。
 
 バイト終わりに私はコーヒーを飲みたくなりました。時刻は二十二時。この時間まで営業している喫茶店は少ないですが、ミスタードーナッツは格が違います。なんと0時まで営業しています。他に選択肢も無いので迷うことなくまっすぐに私はミスタードーナッツに向かいました。
 千川通り沿いの歩道を東に向かって進んでいます。ミスタードーナッツまではおよそ十メートル程のところまで来たとき、ミスタードーナッツから東に十メートルほど離れたところにおじさんが歩いているのが見えました。おじさんは西に進んでいます。このままお互いに進めば、恐らくミスタードーナッツの入り口辺りですれ違う筈でした。
 しかし私の予測は外れます。おじさんとわたしはすれ違うことはありませんでした。おじさんはミスタードーナッツに入店したのです。そして私よりもおじさんは歩くのがどうやら早かったようです。ほとんど同じタイミングでしたが、おじさんの方が先に入店していきました。
 私はなんとなく考える事も無かったので、おじさんを観察していましたが、正直言って別段取り上げるほど気になる対象ではありません。私から見ておじさんは、練馬駅に数多いるおじさんの一人です。
 私も続けて入店しました。
 ミスタードーナッツ練馬駅前店に入店してまず私がする事は決まっています。レジカウンターに向かって右側の壁に掛けられているモニターを見ます。そのモニターにはこのお店の二階席の映像がリアルタイムで流されています。私にはどうしても二階席に座りたい理由がありました。私は喫煙者で、このお店の喫煙席は二階席にあります。半分くらいは煙草を吸う為に入店しているといっても過言ではありません。この日も例外なく私は自然と二階席の映像を確認しました。空席があるのかどうか確認したかったのです。
 二十二時という時間にも拘らず、店内は混み合っていました。二階席のモニターには空席が一つしかないのがはっきりと分かります。
 私の前に入店したおじさんのことが気になりました。おじさんがもし煙草を吸う人だったら、必ず二階席に行きたがる筈なのです。私は目の前のおじさんを見ます。
 おじさんはなんと、私と同じく二階席の映像を見ていました。
 私は確信しました。おじさんも喫煙者であると。そして喫煙席である二階席に確実に座りたいであろうと。
 その時、店員さんはカウンターに戻ってきておらず、私は考える事にしました。私とおじさん、どちらが二階席に一つだけある空席に座るべきなのか。答えはすぐに出ました。おじさんが先に入店したのだから、おじさんが先なのが筋であろうと。逆に私が座るべき理由もありません。あきらめる事にしました。
 店員さんがカウンターにいそいそと戻ってきました。おじさんがレジに呼ばれています。
 そして、もう一人の店員さんが別のレジで私を呼んでいました。私は何も考えずにレジに向かい、ブレンドコーヒーを注文します。店員さんがホットコーヒーをカップに注いでいる間、まずい事になったと私は気付きました。
 二階席に向かう階段は、レジカウンターの右側にあります。おじさんと私が今同時にレジカウンターに向かっていますが、私が注文を受けているカウンターの方が、二階席に向かう階段に近いのです。このままつつがなくホットコーヒーと二百七十円の交換が済んでしまうと、私の方が先に二階席に向かってしまう可能性が高い。
 店員さんが私のホットコーヒーを用意している間、この状況をどう切り抜ければ良いのか私は考えました。おじさんはきっと二階席に座りたい筈なのです。自然とおじさんの方が先に二階席に向かえるようにしなければなりません。
 隣のレジの様子を伺いました。おじさんは私と同じくホットコーヒーのみを注文したようです。恐らく私たちはほぼ同時にレジを離れることになりそうだと感じます。
 しかし深く考える時間はあまり取れませんでした。店員さんはホットコーヒーを持って私の元に戻ってきます。おじさんを担当する店員さんも、ほとんど同じタイミングでおじさんにホットコーヒーを渡しました。
 もう猶予はありません。お互いに自由になったタイミングは同じでした。私は目に付いたあるものを手に取ります。それは、レジの横に常備されていた新商品の予告チラシでした。そのチラシを店員さんに見せ、私は言います。
 「これはどんなドーナッツなんですか?」
 おじさんが階段を登っていく音だけが、私の耳には聞こえていました。店員さんには申し訳が無かったのですが、私は新商品に興味があったわけではありません。時間を稼ぐ為に取った行動でした。
 喫煙席ではない一階席で私は一人コーヒーを啜りながら考えました。世界は目に見えない誰かの優しさで溢れているのかもしれない。良い事をした感覚がありました。それは仕事終わりの一服よりも、気分のいいものだったかもしれません。
 二階席で一服しているおじさんの事を考えながら、私は読みかけの文庫本を開きました。
 今日起こったこの事件を「喫煙席椅子取り合戦不戦敗事件」と名付けました。
2016-10-05-Wed-08:59

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 皆さんお久しぶりです。
 どれくらいの人がここを見てくれているのか分かりませんが、気分が乗ったので更新します。

 近況を報告しようかと思ってキーボードを叩き出したのですけれど、色々あったので簡単に説明するのが難しいです。半年程前に、アニメーターは退職しました。現在は本屋で働くアルバイターをやっています。失礼しました。あまり難しくありませんでした。
 離職した理由についてですが、こちらは未だ解明できておりません。しっかりとした理由も無く退職した事について、以前の職場で良くして頂いた皆さんには申し訳なく思っております。建前になってしまうかもしれませんが、アニメーターとしてやっていく限界を感じた、と言う事ではないかととりあえず今は仮定しております。
 しかし安易に離職した私は生きていく事の難しさに更に直面する事になりました。仕事を辞めれば大抵の場合お金が無くなります。それは全く私においても例外ではありませんでした。一時は一文無しになり、水道が止まった事さえあります。皆さん、水道代だけはしっかりと払った方が良いです。私はこの件について非常に舐めておりました。まあ、止まったところで何日かくらいは耐えられるだろうと、皮算用をしておりました。
 実際に水道が止まってみて、私は一日も耐えられないという結論に達します。水道が止まるとトイレの水が流れないのです。これだけは何を置いても必要なのだと実感しました。実際に止まっていた期間はたった一日だったのですが、尿意に対する恐怖に怯えて震える一日になりました。意識すると更に尿意と便意は増していきます。コンビニのトイレを何度も利用して何とか耐え切りました。同じコンビニにトイレだけ借りに行く事に引け目を感じたので、私は一日で四件のコンビニをハシゴする事になりました。あんな思いは二度としたくありません。
 何故、うんちやおしっこの話を私はしているのでしょうか。申し訳ありません。
 つまり何を言いたいのかというと、アニメーターとして生きてけないと思って離職したところ、お金がなくなり結局生きていけなくなった。という事を言いたいのです。これは社会の摂理です。以前にも同じような経験をした事があるので分かっていたつもりですが、多分未だに分かっていません。同じ失敗をする事に関して私は諦めているので、ここはポジティブに考える事にしています。何度も繰り返す失敗に関して私は反省する気はありません。
 しかしお金が無くなっては生きていけません。何とかしなければと思った私はアルバイトをする事にしました。適当にそとをふらふら歩いていて見つけた求人の看板から、近所の本屋でアルバイトをする事に決めました。理由は特にありませんでしたが、消去法で選びました。飲食店については、私は自分自身を清潔だとは評価していないので、食品を扱うべき人間ではないという理由で却下しました。同時期にパチンコ屋さんの求人募集も見つけましたが、何だか怖そうなので辞めました。そもそもパチンコ自体に縁も無いし興味も無かったので、パチンコ屋さんに申し訳が立ちません。書店は今の私にとって最適な仕事だったのかもしれません。それは何年かの後、はっきりと分かるでしょう。
 そしてここを見てくださっている方には非常に申し訳が無いのですが、私は絵を描かなくなってしまいました。いつかまた描きたいと思う日が来るかもしれませんが、今はその時では無いようです。そもそも絵を描く事がそれほど好きでは無かったのかもしれないし、もううんざりして描き飽きたのかもしれないし、結局の所これについても解明できていません。自分自身の事は、自分で思っているよりも理解出来ていない事を最近強く思います。
 良く分からないものを理解しようと躍起になって自分探しをしたところで、結局見つかりませんでした。私はこれに半年も費やしたのです。諦めました。
 諦めた私はどうやら少しだけ開き直ったようです。良く分からない自分自身に、私の人生を預ける事にしました。それで良いのかは良く分かりません。しかし悩むのも飽きました。どうなろうともう知った事では無いといった感情です。
 そんな私はどうやら突然このブログを更新しようと思い立ったようです。久しぶりにFC2にログインしようと思ってページを開くと、「前回のログインから随分経ったけど、本当にがるあんさんですか?」と聞き返されました。このブログは私にとって、凍結されたように記録が残り続ける自分の過去そのものです。遡れば、恐らく初めてのエントリーは十代の頃になります。そして現在は二十七歳。およそ十年弱続けている事になります。私にとって既にこのブログは古巣のような感覚です。残して置いて良かったと思っております。
 久しぶりに近況を書いたところ、結局自分の紹介だけで終わってしまいそうです。久しぶりなので仕方が無いと、諦めてください。
 最後にもう一つだけ、私から皆さんに報告が御座います。
 絵を描く事を辞め、仕事を辞めた私はとにかく暇でした。暇な私は自分の携帯電話に日記を付ける趣味を始めます。それは九月の始め頃の事です。そして日記は日を重ねる事に長くなっていきました。
 長くなりすぎた日記は、携帯電話では手に余るようになったので自宅のPCに作業環境を移動して、私の趣味は本格的に始動する事になりました。
 結局私がやっている事は、既に日記では無くなっています。趣味は進化して小説を書いています。
 現在、三作目と四作目を同時に執筆中です。三作目に関しては、書きながら非常に悩みました。ここ一週間ほど悩み続けていたのですが、このブログを書こうと思う少し前に、結末までが閃いたので私は今テンションが高いです。テンションが高いからこれも書いている可能性が高いです。気持ちだけは空高く高く登り、私は恐らく上空千メートル程に居ます。肉体は上空二メートル程です。この発言について一体何の話をしているのか、自分でも良く分かりません。
 ともかく、私は小説を書く事が趣味になりました。
 もし、ここをご覧になっている方で私の小説を読みたいという酔狂な方がおられましたら、何とか読めるようにフォーマットを整えてお渡ししたいと思っています。このエントリーの最後にメールアドレスを貼り付けておくので、酔狂な方はそちらにご連絡を下さい。一作目は文庫本120ページ程、二作目は170ページ程になります。圧倒的な暇人の成せる技です。
 現在は私の本の読者は友人のヨツベさん一名のみです。彼から良かったと感想を頂けた事には感動しました。一生忘れないかもしれません。そして同時に部分的に酷評もされましたが、こちらについてはなるべく早く忘れようと思っております。彼とその話をしている時は「なるほどね、ありがとう。参考にするよ」と格好付けましたが、内心は穏やかではありませんでした。どうも私は責められると落ち込んでしまうようなのです。ですので一刻も早く忘却しなければ、健康的ではありません。コンビニスイーツなどを買い込んで忘却しようと思います。
 以上、私の生存報告でした。自分に預けてしまった私の人生がどうなるのか、私には全く分かりません。次に更新をするのが明日なのか、来週なのか、それとも一年後か、これが最後のエントリーとなるのか。酔狂な方は楽しみに待っていて下さい。読んでいただきありがとう御座いました。
 では失礼致します。

PS.エントリーの最後にメールアドレスを書くと言いながらも完全に忘れていました。投稿から改訂までの、五分程の間にエントリーを読まれた方は、どうかホームページの更新をお願いします。という内容すら彼らには見えていないので意味が無いのでありました。
  
  garuan0310@gmail.com
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