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2016-10-29-Sat-20:11

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 「誰にも言わないでね」という言葉をあなたは誰かに言われたことがあるだろうか。
 私はある。それも何度も。秘密を打ち明ける時は、人は大抵この言葉を口にする。最近ふと思ったのだけれど、改めて考えればこの言葉の身勝手さは目に余るように思う。一見して、「あなたの事を信用しているから秘密を教える」という意味のように見えがちだけれど、場合によっては全く異なる。
 秘密を抱えるというのは辛い事だ。何もしていなくても常に嘘を吐き続けなければいけない罪悪感と戦わなくてはならない。たった一人だけでも秘密を共有出来る相手がいれば、溢れ出しそうな気持ちは誰かの心に逃げる事ができる。私は今まで、それはきっと良い事だと思っていた。誰かを信用できる事は、人間の美しい性質だ。
 次に、「誰にも言わないでね」と言われた側の気持ちの事を考えてみる。誰かを信用し思いやる気持ちは大事だ。しかしこの言葉を言う人間は本当の意味で思いやりがあったのだろうか。言われた側は、どこにも逃げ場が無い。秘密を抱え込む辛さを知っていて尚、信用しているから、という理由でその責務を身勝手に課している。自分一人で秘密を抱えるのが辛いから、あなたも一緒に苦しんで、という意味に他ならない。言われた側は「誰にも言ってはいけない」というルールを一生守り通さなければならない。これはきっと、非常に辛い。私自身経験があるから分かる。
 では、秘密とは一人で抱えるべきものなのだろうか。溢れて嘔吐しそうな気持ちを毎日ギリギリのところで飲み込んで生きていくのが人として全うなのだろうか。それが出来る人ならば、もちろん人として全うだろう。しかし私に対してこの言葉を口にしてしまった人達の事を、私は心の底から許せないほど責めているのだろうか。それは無い。どうしても我慢できなくてつい口から出てしまう事もあるだろうと思う。人としての道を外れるほどでもない。
 それからしばらく考えみたが、この話には結局結論が出なかった。しかし、人は本質的に優しくて思いやりがあると、それでも私は信じていたいです。

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