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2017-02-14-Tue-16:38

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 皆さんは「それでも町は廻っている」という作品をご存じでしょうか。僕が敬愛する石黒正数先生の漫画なのですが、今日最終巻が発売され完結致しました。僕はもう読み終わったのですが、結論から申し上げると、とても良い一冊でした。バイト先の本屋に朝一で行き、予約注文した最終巻を買いました。注文伝票は昨日のバイト中に自分で書いておいたのでぬかりはありません。
 見知った同僚から本を受け取ってお店を後にしたとき、僕は気分が落ち着かず、手は汗ばんで、どうやら緊張をしているようでした。他の作品ならともかく、僕にとって「それ町」はそれだけ大きな意味を持つ作品なのです。
 僕がそれ町に出会ったのはまだアニメーターをしていた頃、二十代前半の頃だったと思います。二十二歳頃だったかな。記憶が曖昧ですみません。僕はその頃、正直に言って仕事があまりうまくいっていませんでした。フリーアニメーターとして自宅作業だけで食べていくのは非常に大変で、仕事は毎回神経を使う上に沢山こなさねばならず、自分の器以上の仕事をギリギリこなしている状態でした。
 つまり何が言いたいのかというと、はっきり言ってしまえばあまり楽しくなかったのです。
 人間、楽しくなければ辛いものです。日々に忙殺され、常に締め切りに追われる毎日は辛くありました。アニメーターという仕事が楽しくないと言っている訳では無いことを注釈しておきます。とても遣り甲斐のある仕事ですが、その頃の僕はうまくいっていなかったというだけです。
 そんな頃、同居人からそれ町を借りて読みました。内容は何てことない話ばかり。とある町のとある女子高生とその周りの仲間たちが、日々のちょっとした出来事を巡って右往左往する漫画でした。
 心に突き刺さるような大きなドラマがあるわけでもないのに、僕はその作品がとても好きになりました。楽しそうに悲しんだり怒ったり笑ったりする彼らが、何だか羨ましくもあり、まるで一緒になって遊んでいるようでもあり、他人とは思えない何かを作品に感じたのです。
 辛いときに読めば不思議と、何だか頑張れそうな気がしてくるものでした。
 それからは、毎巻、発売の度に欠かさず読みました。五年以上もの間、常に僕の傍らにはそれ町という作品がありました。
 そんな作品が今日、終わってしまったのです。緊張するのも無理はありません。自分で予約しておいて変な話ですが、同僚がバックヤードから僕の注文伝票とそれ町の最終巻を持ってきたとき、「本当に終わるんだ」と初めて実感したのです。
 本屋を後にしてから、僕はすぐ近くの喫茶店に向かいました。いつも利用するドトールコーヒーです。何だか、家で読むのは違うような気がしたのです。理由など自分でもわかりません。お昼前だったので、お店は少しだけ混んでいました。いつも通りカプチーノのМサイズを頼み、喫煙席に座りました。
 一度静かに深呼吸をして、本を開きました。
 内容について、語りたいことはたくさんあるのですが、新発売の漫画ですので、内容に関する話は避けさせて戴きます。
 何はともあれ、読み始めるとあっという間に終わってしまいました。終わりに向かっていく作品に、面白いとか、悲しいとか、いろんな感情が渦巻きます。二十代の僕の人生が、作品と共に一緒になって走馬燈のように蘇ってきて、お恥ずかしい限りですが、人目もあるというのに少しだけ泣きました。
 唐突に暗くて驚かれるかもしれませんが、僕が生き続ける数少ない理由の一つが、それ町でした。数か月前、本屋での仕事で新発売のヤングキングアワーズを手に取った僕は愕然としました。表紙にはそれ町が今回の号で終わることが記載されていたのです。雑誌掲載よりも遅れて発売するコミックで読み続けていた僕にとって、それはあまりにも唐突でショックでした。これで僕が生きている理由も無くなってしまうと、本気で考えたのです。
 読み終わった最終巻を閉じて机に置き、自分の単純さとアホさに呆れて少し笑いました。
 その時僕は、「これからも生きていかなくてはならない気がする。」などと考えていたのです。
 内容に触れられないので説明は難しいですが、それほどに最終巻は僕の心に刺さったようでした。僕が単純でアホだから響いたのではなく、作品が良いから響いたのかもしれません。
 それから、煙草を吸いながら僕は自分の二十代を振り返りました。そして、これからは僕の傍らにはこの作品が無いという事も考えました。
 そんな事を考えていると、きっと今日という日は特別なのだと思えたのです。
 これからは二十代を共に歩んでくれた「それ町」という作品はありません。しかしそれ以上に最終巻を読み、色々な事を考えた今日という特別な日は、いつかきっと財産になる日が来ると、そんな予感が今の僕にはあったのでした。
 自分自身が腑に落ちたので帰ることにしました。
 ドトールコーヒーを後にし空を見上げると、特別な日はとても高く青く感じる快晴なのでした。
 いつまでなのかは分かりませんが、もうしばらくは自宅の枕元に「それ町」が積んである生活が続く事でしょう。
 
 今まで、本当にありがとうございました。
 石黒正数先生、お疲れさまでした。
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2016-11-10-Thu-06:50

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 さて、現在11月10日(木)午前六時、私はまた何のプランも無くブログの管理者ページを開いて文字を打ち込んでいます。
 思い返せば私が小説を書き始めて既に二ヶ月弱経ちました。一作目と二作目は一週間に一本というハイペースで出来上がっていきました。ともすれば現在は何作出来ているか単純計算してみたくなった方もおられるかと思います。しかし、その計算は無意味なのですぐにお辞め下さい。
 結論から先に言いますと、私は三作目の小説をまだ書き上げていないのです。これには私、自分自身に失望しました。九月に二作目を書き終えた私自身も、三作目四作目と、どのくらいのペースで書き上げていくのか、自分なりに計算しておりました。自分に対するこんな計算ほど無意味で馬鹿馬鹿しい事も無いです。現在、そのような計算作業は完全に打ち止めております。
 やはりこのようなだらしない人間には一つの趣味に没頭しその真髄を知るところまで突き進むことも出来ないようなのです。なんと悲しい事でしょう。私は一生このままなのでしょうか。
 そんな事を考えだしたのが、先月の中頃から後半にかけて、酷い風邪で寝込んでいる時でした。いや、所詮は趣味。無理して続ける事も無い。と、脳内の私が絶えず私に語りかけます。励ましているのか、自分自身に対する言い訳なのか、良く分からないですけれど。しかし、十月中頃からの一ヶ月間、そんな脳内の私にずっと張り付かれ耳元でそんな事を囁かれ続けて、どうも私、すこぶる気分が悪いようなのです。何故なのでしょう。
 先月の日記で私自身、こんな事を言っております。
 「反省をするのは意味が無いから辞めた」
 いや、全くその通り。それは今でもそう思います。何を言っているのかよく分からなければ、先月のエントリーをご一読下さい。しかし、先月から私の耳元でささやき続ける私自身は、言葉だけを見て取れば似たような事を言っているように思います。何故私はそれに気分を悪くするのでしょうか。
 要するに近頃の私は心持ちが悪いのです。
 先月のはじめに私がブログで書いたその言葉は、生きていくことの難しさから徹頭徹尾目を逸らし、大きな心で開き直りの姿勢が何とも私好みで、まるで地平線まで続く陽気な草原と大きくて広い青空のような、未来に対して一切の不安の無い、良い心持ちなのです。
 近頃の私が耳元で囁く言葉には、そのような気持ちの良さがありません。同じ言葉でも、心持ちの違いでほとんど逆の意味にすらなるようです。近頃の私は全く開き直りの姿勢が無いのです。小説の手が進まず上手く行かないなら、辞めれば良いと、きっぱりしていないのです。本当に開き直るのであればきっぱりと辞めれば良いのです。しかし、どうも私自身、本心ではそうしたく無いようなのです。したがって脳内で私に囁かれる言葉は毒にしかなりませんでした。
 私、開き直る方向を変えることに致します。現在執筆中の小説は現在230ページ程の所で止まっております。この小説、読み返すのも辞め、とりあえず問答無用に150ページ程消すことに致します。何故残すのかという点については、やはり一度始めたものは完成させなければならないという私のポリシーのようなものと捉えて頂きたいです。物語の中で私が生み出したキャラクター達に、何らかの華を持たしてあげなければ申し訳が立たないのです。
 その決心はどうやら私好みだったようです。作ったものを消す事に対する若干の興奮すらあるのです。
 耳元で囁く脳内の私は、何がしたいのかよくわかりませんが、まだ囁くのを辞めようとしません。他にやることがあればそんなもの、知らん顔が出来るものだと考えております。
 以上、私の近況でした。

 ここからは、私の周囲についての近況をお話します。
 私の小説に世界で一番最初に目を付けた友人のヨツベさんが、私の一作目の小説に関して何やら様々な画策を練っているようです。何をしようとしているのか私自身、聞いたところで良く分からないのですが。彼が言うのならばきっと私一人で細々とやっているよりも広がりがあるようにも思えるので、全てをおまかせしたい気持ちです。何よりもそのような事は私、とにかく苦手なのです。
 前々からヨツベさんにお願いしたいと勝手に思っていた表紙に関しては、既にデザイン案などを上げてくれていて、心の底から湧き上がる嬉しさを感じました。完成するのを楽しみにしております。
 というような事もあり、前々から一作目を読みたいと言って下さってお待たせしてしまっている方には申し訳ないのですが、すべての準備が整い次第とさせて頂きたいです。どのくらい時間がかかるのかもわかりませんが、長い目で待っていただけるとうれしいです。何よりも、デザイン案を見てしまってからでは、絶対に表紙無しでお送りしたくないのです。手前勝手で申し訳ありません。
 ご理解頂けたようで感謝致します。
 以上、周囲に関する近況でした。今回のエントリーはここ迄とさせて頂きます。
 では、また会う日まで。
2016-10-30-Sun-04:02

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 前回の記事を読み返して思います。私は何が言いたいのだろう。全く要領を得ていなくて話があやふやです。寝起きで、しかも感情が昂って書いたので仕方がないのかもしれないですが。
 書き直そうかとも思ったのだけれど、これはこれで私らしく悪くないなと思ったので残しておくことにします。考えようと思ったのだけれど、上手く言葉も出てこず途中まで考えたところで結論が出ずに諦める。とても人間らしくて良いと思います。自画自賛です。自己保身かな。
 頭も少しだけ冷静になってきたので、もう少し考えてみます。
 前回の記事で私がテーマにしたのは「誰にも言わないでね」という言葉そのものについてです。考えてみれば言葉そのものには罪は無いように思います。罪があるとしたら言った人間です。つまり、言葉だけの問題では無いのです。人間そのものを計るとしたら、もっと全体的に考えなければなりません。しかし、今回は私の経験の話をする訳にはいきません。何しろ言われた側である私は、口止めされているのです。こんなところで言ったら私は私を許せません。ですので、実際的な事は省きます。
 ここでは私が勝手に例え話を作って考えていこうと思います。
 例1「誰にも言わないで欲しいんだけど、冷蔵庫のずっと奥の方にプリンが隠してあるんだよね」
 これはどう考えても許しがたい言葉では無いです。寧ろ微笑ましく、言われた側は羨ましくもあります。恐らく言ったのは家族の誰かで、しかも恐らく女性でしょう。女性は甘いものが好きだと伝え聞いております。となれば妹や姉なのかもしれません。私はまだ年頃の娘を持つ経験を想像することも出来ないので、兄妹が妥当でしょう。とても良いです。なぜそれを言ったのかはよく分かりませんが。
 例2「誰にも言わないで欲しいんだけど、昔人を殺したことがあるんだよね」
 さて、例1を踏まえてこちらを見てみると、やはり言葉そのものに罪が無いのを理解できます。前回の日記で私が言いたかったのはつまり後半の部分についてでしょう。これは例なので私は実際言われた経験が無いですが、こんな事を打ち明けられたら、私はどんな顔をしていればいいのか全く分かりません。逃げたくなるのか、怒りたくなるのか、悲しくなるのか、経験してみない事には分からないです。何故、前回の記事で私は結論を出せなかったのでしょうか。それは、例2で言うところ、「人を殺した事がある人をそうと知らずにそんな事をする人ではないと信用し続ける事になるところだった」と「誰にも漏らせない秘密を抱えさせられる」という二つの理屈を天秤にかけているせいなのです。
 たしかに、これには結論が出ません。例2では分かりやすくするためにかなりショッキングな内容にしてしまったのですが、内容によってはどちらの方が良いのか、なんて結論が出ないのです。相手の秘密そのものに人間として問題があるように感じ許せないのであれば、糾弾すべきはもはや言葉ではなくその秘密そのものでしょう。
 世間のニュースでよく、不倫の話題が取りただされています。例えば不倫をしている友人が、その事を自分だけに打ち明けて来たとしたら、あなたは許せるでしょうか。秘密を破ってでも何かすべきだと思うでしょうか。それとも、一切を受け止め、許せるでしょうか。昨日までと、同じように友人として接することが出来るでしょうか。
 私には、出来ないのかもしれません。周りの皆が思っている以上に、私の器は大きく無いのです。平均よりも少しだけ大きい程度です。許せない事はやはり許せません。
 そう思えば、人の話しを安易に聞く私そのものに問題があったのかもしれません。受け止められない話があるのであれば、秘密の共有など初めから断るべきなのです。これは、私の中ですっきりとする結論が出ました。悪いのは、安易に話を聞いた私でもあるのです。
 そして、「そんな事をする人だと思っていなかった」という感情すらも、傲慢なのです。信用と期待は時に人を不幸にします。前回の日記はあやふやで要領を得ていませんが、最後だけは良い事を言っています。
 「人は本質的に優しくて思いやりがあると、それでも私は信じていたい」
 そんな事をする人だと思っていなかったと思うのが傲慢だとしても、やっぱりそれでも、人を信じられる気持ちは美しいと信じています。ですので、結果不幸せになったとしても、私は人を信じていようと思います。不幸になるのは私だけなのが一番なのです。これからは、安易に人の秘密に触れないようにしようと思いますが、これまで、私が抱え込むことになった秘密達についても、私だけが被害を被るように努力しようと思います。
 しかし、感情そのものは吐き出していきます。私は経験を書いている小説に昇華していこうとも思っています。そうでなければ、私が報われません。溜まりに溜まった気持ちがコップから溢れ出してしまう前に何とかしないと、きっと大変な事になってしまいますので。
 前回の記事で言いたかったことがちゃんと纏まってくれて良かった。つまりこういう事が言いたかったんだと思います。少しだけ、人の気に触りかねない事を書いてしまったことを謝ります。申し訳ないです。
 この話はあなたと私だけの秘密で、他の人には内緒です。
 とは、私は言いません。
 煙草が無くなってしまったので、朝の四時ですがコンビニに行ってこようと思います。十月末の朝はもう冷え込みますので、何かを着込んで行ってきます。では。
2016-10-29-Sat-20:11

【 - 】

 「誰にも言わないでね」という言葉をあなたは誰かに言われたことがあるだろうか。
 私はある。それも何度も。秘密を打ち明ける時は、人は大抵この言葉を口にする。最近ふと思ったのだけれど、改めて考えればこの言葉の身勝手さは目に余るように思う。一見して、「あなたの事を信用しているから秘密を教える」という意味のように見えがちだけれど、場合によっては全く異なる。
 秘密を抱えるというのは辛い事だ。何もしていなくても常に嘘を吐き続けなければいけない罪悪感と戦わなくてはならない。たった一人だけでも秘密を共有出来る相手がいれば、溢れ出しそうな気持ちは誰かの心に逃げる事ができる。私は今まで、それはきっと良い事だと思っていた。誰かを信用できる事は、人間の美しい性質だ。
 次に、「誰にも言わないでね」と言われた側の気持ちの事を考えてみる。誰かを信用し思いやる気持ちは大事だ。しかしこの言葉を言う人間は本当の意味で思いやりがあったのだろうか。言われた側は、どこにも逃げ場が無い。秘密を抱え込む辛さを知っていて尚、信用しているから、という理由でその責務を身勝手に課している。自分一人で秘密を抱えるのが辛いから、あなたも一緒に苦しんで、という意味に他ならない。言われた側は「誰にも言ってはいけない」というルールを一生守り通さなければならない。これはきっと、非常に辛い。私自身経験があるから分かる。
 では、秘密とは一人で抱えるべきものなのだろうか。溢れて嘔吐しそうな気持ちを毎日ギリギリのところで飲み込んで生きていくのが人として全うなのだろうか。それが出来る人ならば、もちろん人として全うだろう。しかし私に対してこの言葉を口にしてしまった人達の事を、私は心の底から許せないほど責めているのだろうか。それは無い。どうしても我慢できなくてつい口から出てしまう事もあるだろうと思う。人としての道を外れるほどでもない。
 それからしばらく考えみたが、この話には結局結論が出なかった。しかし、人は本質的に優しくて思いやりがあると、それでも私は信じていたいです。
2016-10-23-Sun-06:44

【 小説の書き出し 】

 朝靄に包まれた街を一人歩いている。自宅を出てから一時間は経っただろうか。その頃は確かまだあたりは暗かった。今はもう明るい。
 青白く靄が包み込む街中を一人歩いていると、とても不思議な感覚になった。本当はそんなに長く散歩をするつもりはなかったのだけれど、何となく特別な感じがして帰れなくなってしまった。多分、今は朝の五時くらいかな。良いや、今日も学校は休もう。このまま歩けるところまで歩いてやる。
 青白い街には人気が無く、ひたすらに冷たい印象だった。私はそんな中をまるで幽霊のようにふらふらと当ても無く歩く。何も考える事は無い。色々な事を忘れて、自分が自分である事すら、忘れて歩こう。
しかし、思えば思うほどそれは無理だった。
 私には「水原美姫」という友達が居た。美姫とは小学校四年生の頃に仲良くなってから、お互いに一番良く遊ぶ友達だった。世間ではこういうのを親友と呼ぶのかもしれない。私はその表現があんまり好きじゃないから彼女は友達だと言いたいけれど。
 彼女はとても不思議な子だった。美姫が転校してきて、私は彼女の隣の席になる。初めて会う転校生になんて声をかけて良いのか分からずにもじもじしていると、彼女は私の顔をじっと見つめてニッコリと笑い話し始めた。
 「安藤彩子ちゃんね。よろしくね」
 この時のことはよく覚えている。およそ同学年と思えないほど落ち着いていて、驚いたのだ。まるで私の心の中を見透かすような顔だった。大人の女性と話しているような気分で、とても特別に感じた。
 それから、私と美姫はよく遊ぶ仲になった。元々特別仲が良い友達の居なかった私は、美姫と知り合えた事がとても嬉しかった。美姫も私と同じように、他のクラスメイトとは波風が立たないように付き合うだけで、特別仲のいい友達を増やそうとしなかった。私しか知らない美姫の一面を知っている事が、私にとってはとにかく新鮮で、これが本当の友達というものかもしれないと思っていた。
 彼女は体の弱い女の子だった。学校は一週間のうち、確実に一日は休んだ。多い時は三日休む週すらあった。その度に私は家に帰ってから彼女の家に連絡して、少し話した。たまに家にも訪ねた。普段はあれほど落ち着き、凛としている彼女の体が弱いのが、どうしても不思議だった。御見舞をする度に彼女は、「大丈夫だから」と笑った。どうやら私が慰められているだけのようだった。お見舞いに、色んなものを持っていったのを覚えている。家を尋ねることが出来なかった日の分も、訪ねた日に纏めて渡したりした。今考えれば迷惑だったかもしれない。
 美姫とは、結局中学三年生になるまで、クラスも一緒だった。しかし高校進学で遂に私達は別れることになった。同じ学校を目指そうと美姫に提案シたことがあったのだけれど、「進学は友達で決めることじゃないよ」と窘められてしまった。体が弱く、進級するのがやっとだった美姫にとって、同学年の学業に着いていくのは困難だった。私よりも、絶対に美姫の方が頭が良い筈なのに、美姫は私よりも偏差値の低い高校に進学した。それは今でも納得がいかない。
 高校進学で離れ離れになってから、私達はぱったりと連絡を取り合わなくなってしまった。私の方からは何度か電話をしてみたのだけれど、結局返事は無かった。
 高校二年生の秋、十月の二十三日、今日から三日前に彼女から電話がかかってくるまでは私達は別々の人生を歩んでいた。
 気付いたら住宅街を抜けて、大通りまで歩いてしまった。ここから自宅まで帰るとなると、最短でも一時間以上はかかるだろう。急に冷静になってきてしまい、私は自宅に向けて踵を返した。靄は晴れ、太陽も上がっている。様々な目的を持って道を歩く人達は、パジャマのままふらつく私を訝しげにじろじろと見てきた。少し下を向いたまま、私はとにかく歩いた。

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